三、スサノヲの命

穀物の種

――穀物などの起原を説く插入説話である。日本書紀では、月の神が保食うけもちの神を殺す形になつている。――

 スサノヲの命は、かようにして天の世界からわれて、下界げかいくだつておいでになり、まず食物をオホゲツ姫の神にお求めになりました。そこでオホゲツ姫が鼻や口またしりから色々の御馳走を出して色々お料理をしてさし上げました。この時にスサノヲの命はそのしわざをのぞいて見てきたないことをして食べさせるとお思いになつて、そのオホゲツ姫の神を殺してしまいました。殺された神の身體に色々の物ができました。あたまかいこができ、二つの目に稻種いねだねができ、二つの耳にアワができ、鼻にアズキができ、またあいだにムギができ、尻にマメが出來ました。カムムスビの命が、これをお取りになつて種となさいました。

八俣やまた大蛇おろち

――スサノヲの命は、高天の原系統では暴風の神であり、亂暴な神とされているが、出雲系統では、反對に、功績のある神とされ、農業開發の神とされている。これは次の大國主の神の説話と共に、出雲系統の神話である。――

 かくてスサノヲの命は逐い拂われて出雲の國のの河上、トリカミという所にお下りになりました。この時にはしがその河から流れて來ました。それで河上に人が住んでいるとお思いになつて尋ねてのぼつておいでになりますと、老翁と老女と二人があつて少女を中において泣いております。そこで「あなたはだれですか」とお尋ねになつたので、その老翁が、「わたくしはこの國の神のオホヤマツミの神の子でアシナヅチといい、妻の名はテナヅチ、娘の名はクシナダ姫といいます」と申しました。また「あなたの泣くわけはどういう次第ですか」とお尋ねになつたので「わたくしのむすめはもとは八人ありました。それをコシの八俣やまたの大蛇が毎年來てべてしまいます。今またそれの來る時期ですから泣いています」と申しました。「その八俣の大蛇というのはどういう形をしているのですか」とお尋ねになつたところ、「その丹波酸漿たんばほおずきのように眞赤まつかで、身體一つに頭が八つ、尾が八つあります。またその身體からだにはこけだのひのき・杉の類が生え、その長さはたにみねつをわたつて、その腹を見ればいつもが垂れてただれております」と申しました。そこでスサノヲの命がその老翁に「これがあなたのむすめさんならばわたしにくれませんか」と仰せになつたところ、「恐れ多いことですけれども、あなたはどなた樣ですか」と申しましたから、「わたしは天照らす大神の弟です。今天から下つて來た所です」とお答えになりました。それでアシナヅチ・テナヅチの神が「そうでしたら恐れ多いことです。むすめをさし上げましよう」と申しました。依つてスサノヲの命はその孃子おとめくしかたちに變えて御髮おぐしにおしになり、そのアシナヅチ・テナヅチの神に仰せられるには、「あなたたち、ごく濃い酒をかもし、また垣を作り※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)して八つの入口を作り、入口毎に八つの物を置く臺を作り、その臺毎に酒のおけをおいて、その濃い酒をいつぱい入れて待つていらつしやい」と仰せになりました。そこで仰せられたままにかように設けて待つている時に、かの八俣の大蛇がほんとうに言つた通りに來ました。そこで酒槽さかおけ毎にそれぞれ首を乘り入れて酒を飮みました。そうして醉つぱらつてとどまり臥して寢てしまいました。そこでスサノヲの命がお佩きになつていた長い劒を拔いてその大蛇をお斬り散らしになつたので、肥の河が血になつて流れました。その大蛇の中の尾をお割きになる時に劒の刃がすこしけました。これは怪しいとお思いになつて劒の先で割いて御覽になりましたら、鋭い大刀がありました。この大刀をお取りになつて不思議のものだとお思いになつて天照らす大神に獻上なさいました。これが草薙の劒でございます。
 かくしてスサノヲの命は、宮を造るべき處を出雲の國でお求めになりました。そうしてスガのところにおいでになつて仰せられるには、「わたしは此處ここに來て心もちが清々すがすがしい」と仰せになつて、其處そこに宮殿をお造りになりました。それで其處をば今でもスガというのです。この神が、はじめスガの宮をお造りになつた時に、其處から雲が立ちのぼりました。依つて歌をお詠みになりましたが、その歌は、

雲のむらが出雲いずもの國の宮殿。
妻と住むために宮殿をつくるのだ。
その宮殿よ。

というのです。そこでかのアシナヅチ・テナヅチの神をおびになつて、「あなたはわたしの宮の長となれ」と仰せになり、名をイナダの宮主みやぬしスガノヤツミミの神とおつけになりました。

系譜

――スサノヲの命の系譜を説き、大國主の神に結びつけている。このうち、オホトシの神とウカノミタマとは穀物の神で、二三〇頁[#「二三〇頁」は「大國主の神」]に出る系譜に連絡する。――

 そこでそのクシナダ姫と婚姻してお生みになつた神樣は、ヤシマジヌミの神です。またオホヤマツミの神の女のカムオホチ姫と結婚をして生んだ子は、オホトシの神、次にウカノミタマです。兄のヤシマジヌミの神はオホヤマツミの神の女の花散はなちる姫と結婚して生んだ子は、フハノモヂクヌスヌの神です。この神がオカミの神の女のヒカハ姫と結婚して生んだ子がフカブチノミヅヤレハナの神です。この神がアメノツドヘチネの神と結婚して生んだ子がオミヅヌの神です。この神がフノヅノの神の女のフテミミの神と結婚して生んだ子がアメノフユギヌの神です。この神がサシクニオホの神の女のサシクニワカ姫と結婚して生んだ子が大國主おおくにぬしの神です。この大國主の神はまたの名をオホアナムチの神ともアシハラシコヲの神ともヤチホコの神ともウツシクニダマの神とも申します。合わせてお名前が五つありました。